東京高裁判決 (東京高裁平成一三年一月三一日判決 平成  一二年(ネ)第三三六四号 損害賠償請求控訴事件) 判     決 (住所略)    控訴入 信 平 醇 浩    右訴訟代理人弁護士        瀬 川 健 二    同   木 皿 裕 之    同   長谷川   純 (住所略)    被控訴人 池 田 大 作    右訴訟代理人弁護士         倉 田 卓 次    同    宮 原 守 男    同    倉 科 直 文    同    松 村 光 晃    同    佐 藤 博 史    同    福 島 啓 充    同    桐ヶ谷   章    同    八 尋 頼 雄    同    成 田 吉 道 主      文 一 本件控訴を棄却する。 二 控訴費用は控訴人の負担とする。 事     実 第一 控訴の趣旨(略) 第二 事案の概要等(略) 第三 当裁判所の判断  当裁判所も、控訴人の本件訴えの提起は、訴権の濫用に 当たり不適法であるから、本件訴えを却下すべきものと判 断する。その理由は、次のとおりである。  一 訴権濫用について  1 訴権濫用の要件  民事訴訟制度は、提訴者が申し立てた権利又は法律関係 (訴訟物)の発生・変更・消滅を招来させる事実の存否に ついて実体的に審理・判断し、実体法規の解釈・適用を経 て、提訴者の主張した権利又は法律関係の存否を宣言する ことにより、社会に惹起する法律的紛争の解決を果たすこ とを趣旨・目的とするものであるところ、かかる紛争解決 の機能に背馳し、当該訴えが、もっぱら相手方当事者を被 告の立場に置き、審理に対応することを余儀なくさせるこ とにより、訴訟上又は訴訟外において相手方当事者を困惑 させることを目的とし、あるいは訴訟が係属、審理されて いること自体を社会的に誇示することにより、相手方当事 者に対して有形・無形の不利益・負担若しくは打撃を与え ることを目的として提起されたものであり、右訴訟を維持 することが前記民事訴訟制度の趣旨・目的に照らして著し く相当性を欠き、信義に反すると認められる場合には、当 該訴えの提起は、訴権を濫用する不適法なものとして、却 下を免れないと解するのが相当である。もとより、国民は 裁判制度を利用することが憲法上の権利として保障されて いるのである(憲法三二条)から、権利の存否に関する実 体判断を受ける権利が最大限尊重されなければならず、訴 権濫用の判断が慎重にされなければならないことは言うま でもないが、相手方当事者といえども、平穏に社会生活を 過ごす権利を有していることは自明のことであり、右に述 べたような訴権の濫用に当たると認められる場合には、訴 訟が係属することによって被る有形・無形の負担、社会的 評価の低下等の不利益から相手方当事者が早期に解放され るように配慮し、併せて、民事訴訟制度がかかる濫用的な 利用に加担することを防止するとともに、健全な民事訴訟 制度の利用の確保を図ることが要請されるというべきであ る。  2 判断の視点  前記のような訴権濫用の要件の存否については、提訴者 の訴え提起の意図・目的、提訴に至るまでの経過、言動、 提訴後の訴訟追行態度等の諸事情を中核としながらも、訴 訟提起・追行による相手方当事者の応接の負担、相手方当 事者及び訴訟関係者が訴訟上又は訴訟外において被ること があるべき不利益・負担等の内容をも斟酌するとともに、 提訴者の主張する権利又は法律関係の基礎となる事実的、 法律的主張の根拠の有無、蓋然性の程度等の事由をも前記 主観的意図を推測させる有力な評価根拠事実として考慮の 上、総合的に検討して、慎重に判断すべきことはいうまで もない。そして、右のうち相手方当事者の被る不利益・負 担等の判断に当たっては、相手方当事者が、実体判決を望 んでいるか、訴訟判決を望んでいるかという事情も、有力 な判断資料になると解される。  なお、右に述べたとおり、訴権の行使が濫用に当たるか 否かを判断するに当たっては、原告の主張事実について、 その事実的根拠の有無を検討すべき場合に、ある程度の実 体審理を行うことが必要な場合があるところ、そのような 場合に、訴訟要件の審査の過程で実体審査にも及んだ結 果、原告の主張事実が認められないという結論に至れば、 請求棄却の本案判決をするということも考えられないわけ ではない。しかし、訴権の行使が濫用に当たる場合に当該 訴えを不適法として却下すべきものと解した前記の趣旨に かんがみると、評価根拠事実について判断した結果、訴権 濫用の要件があると認められる場合には、当該訴え自体を 不適法として排斥することが、民事訴訟手続上、裁判所に 要請されているものと解すべきである。このことは、本件 のように、当初提訴された事件の一部につき、弁論が分離 され、請求棄却の一部判決がされている場合であっても同 様に解するのが相当である。  控訴人は、訴権の濫用がある場合であっても、任意的訴 え却下事由に止めるべきであると主張するが、訴権濫用の 場合に訴え却下の判決をすることができること(例えば、 最高裁昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻 五号八八八頁参照)についてまで異論を挟むものではない と解される。 二 認定事実及び検討  次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第 三の二ないし四に認定、説示するとおりであるから、これ を引用する(ただし、原判決一四四頁六行目及び七行目の 「平成八年」をいずれも「平成四年」と改める。)。  1 事実認定についての補足 (一)昭和五八年事件について (1)控訴人は、原審第一三回口頭弁論期日において、従 前昭和五八年事件の場所であると主張していた「ロアー ル」はヽ昭和五七年六月に強姦された場所であり、昭和五 八年事件が発生した場所は屋外であったと主張を変えるに 至ったが、その時期については、昭和五八年八月一九日頃 であるとの従前の主張を維持していたものであるところ、 当審においては、更に、昭和五八年事件の時期について は、それより一年二か月前の昭和五七年六月二二日頃、場 所については、ロアールの位置を「函館研修道場の敷地の 中央華冠の碑タタキの西方」と変更するに至り、右のよう に変更する理由として、六回にわたり同様の被害を受けて いたこと、事件を忘れようと努力していた信子に事件の混 同等が生じるのはやむを得ないことを挙げている。  しかしながら、場所については、あるいは記憶違いであ るとの弁解を容れる余地があるにしても、日時について は、信子が週刊新潮に寄せた手記(乙一四)においては、 引用した原判決説示のとおり(略)、「大沼を気に入った池 田は毎年のように、避暑にやって来ていました、この年の 八月、私がひとりで大沼研修所道場内…」とするものであ って、この内容から明らかなように、控訴人の主張の基礎 としている日時は、信子自身が「被控訴人が避暑にやって くる季節」と関連づけて記憶していることが特徴として指 摘できるところ、変更後の日時は、前年の六月二二日とさ れており、およそ当初主張されていた季節、特に「被控訴 人が避暑にやってきた時期」とは著しく相違するものであ って、かかる季節感についてまでも誤認混同があったとす るのは、極めて疑問と言わざるを得ず、右変更後の日時・ 場所において、被控訴人から強姦されたとする信子の当審 において提出された陳述書(甲六三)の記載部分は容易く 信用することができず、右変更後の事実主張も根拠がない というべきである(被控訴人は、控訴人が「昭和五八年事 件」の発生日時・場所を前記のとおりに変更することに は、異議を述べているが、変更後の主張によっても、審理 の遅延を来さないから、変更を許すものである。)。 (2)なお、控訴人は、強姦被害の日時・場所を変更する 理由について、平成一二年一一月二〇日付準備書面では、 「本件強姦と昭和五八年になされた姦淫を時期及び位置に おいて混合したのである。」と説明するところ、被害を受 けたと主張する回数は、原審段階の平成一二年二月二二日 付準備書面(一四)によっても、五回であったとされていたもの が、当審において、平成一二年一〇月一六日付準備書面で は、被控訴人から強姦被害等を受けたとする回数について は、別紙「控訴人主張の事実一覧表」記載のとおり、六回 に増加変更されており、変更した経緯については、「控訴 代理人が執拗に信子から被控訴人との関係をすべて問い質 した結果、明らかになった本件事件の全貌である。」との 簡単な説明をするに止まっている。  しかし、原審段階において、控訴人代理人の質問に基づ き、信子が初めて昭和五七年と昭和五八年は別事件であっ たことを思い出したと説明していたこと(平成一二年二月 二二日付準備書面二〇ないし二二頁参照)からすると、当 審で新たに主張した強姦被害について、何故これまで明か にしなかったのか、何ら合理的理由を見出すことができな い。原審段階において再三主張の変更を重ねた上、当審段 階においても、更にその主張の一部を変更したり、強姦被 害等の回数を一回多かったと主張する訴訟追行態度は、被 控訴人が主張する(平成一二年一一月二七日付準備書面 (二))ように、「訴訟を撹乱してともかくその引き延ばしを 図ることだけを目的」にしたものと取られてもやむを得な いものであり、本件事件の訴訟係属を持続させ、被控訴人 に応訴の負担・打撃を与えることを目的とするものである ことを推認させる有力な事情であるとみることができると いうべきである。 (二)平成三年事件について  右事件に関する日時の特定として、信子が強調するとこ ろは、強姦被害にあった日のラジオ体操には出席できなか ったというものであって、ラジオ体操を欠席した日が強姦 被害を受けた日とする点については、終始主張が維持され ているところ、引用した原判決説示のとおり(「事実及び 理由」第三の二3及び4参照)、平成三年八月一八日のラ ジオ体操に信子が参加していたことが明かであるから、被 害の日時は、八月一六日あるいは一七日となる。しかし、 信子が創価学会の信者ら多数の者と一緒に右両日に撮影さ れている拡大写真(乙一一八号証。なお、同拡大写真の元 となった乙五七、五八号証の撮影日がそれぞれ八月一六 日、一七日であることについては、引用した原判決説示の とおりである。)を仔細に見ても、控訴人主張のような額 の一部が腫れている様子はなく、当時の被害として主張さ れている「信子は額が大きく腫れ上がる等の傷害を受け た」との状況とは全く符合していない。  ところで、控訴人は、信子の到着時刻に関連した二上姓 子及び石田道子の各陳述書(乙六二、六三)の信用性につ いて問題視するところ、両名提出の陳述書の内容について は、控訴人による尋問の機会を与えていないから信用性に ついては慎重に判断すべきではあるが、二上陳述書では、 八月一六日に信子を函館大沼研修道場に送迎したことが初 めてであったこと、信子のマンションがオートロックで呼 び出しに戸惑ったこと、当日の送迎費用のガソリン代とし て信子から五〇〇円を受領した際の状況や家計簿に記載し たこと等が事細かに触れられているし、石田陳述書でも、 同人が一七日午前一〇時半頃、バスで大沼の研修練に到着 したこと、当日路上で信子と出会い初めての挨拶を交わし た際の言動、その後信子と共に被控訴人の姿を見出し、石 田及び信子が被控訴人と簡単な言葉のやり取りをするまで にとった行動が詳細に触れられた内容であることからする と、引用した原判決説示のとおり、右両陳述書はいずれも 信用することができるというべきである。むしろ、信子の 陳述書(甲六三)では、「夫に送られて午前六時頃に大沼 に向かいました。主人はこの日八雲の現場に九時頃までに 到着しなければならなくなったので、私を朝早く送って行 くことになりました。」と簡単に説明するのみであり、し かも、同女が到着した午前七時少し前に敷地に入った時点 で、被控訴人から突然被害を受けたとの内容であって、信 子の当日の行動を予測できない被控訴人が行為に及んだと するのは、些か唐突の感じが否めず、その記載内容につい ては到底信用することができない。 (三)週刊誌掲載の手記について  信子は、被控訴人が実質的に指導する創価学会に対する 批判を行っている団体と協力関係を形成して行ったもので はなく、熱心な記者の取材に圧倒されて証言したまでのこ とであると強調するが、引用した原判決の認定した控訴人 及び信子が創価学会を脱会した経緯や言動等、特に、控訴 人及び信子は、創価学会の幹部信者であったが、信者間の 金銭貸借に絡んで、平成四年五月に、幹部役職の辞任を促 されたことに端を発し、同月一五日に控訴人が第三北海道 函館副本部長、信子が道副総合婦人部長(第三北海道)の 役職からそれぞれ解任され、両名は同年一二月一五日に創 価学会をいずれも脱会したこと、脱会後は、創価学会に納 付していた墓地代金四五万円の返還交渉を創価学会本部と 電話等で繰り返し行っていたが、交渉が控訴人の思うよう に進展しないことから、控訴人が、電話で「宗教詐欺」、 「池田を告訴する、強姦罪でもう一回やってやる」、「池田 を売る、これを東京のあるところへ全部渡す」、「創価学会 何だと思っている。この邪宗教じゃん、きさまら」との敵 意を示す言動を繰り返していたことが認められるのであっ て、控訴人及び信子夫婦は、墓地代金の返還交渉が奏功し なかったことから、被控訴人及び創価学会に対して敵視す る感情を抱いていたことは否定し難く、控訴人及び信子 は、少なくとも週刊誌等の記者から取材を受ける限りでは あるにしても、批判団体と一定の協力関係を形成したもの と推認することかできるのである。  2 訴権濫用の成否について @引用した原判決の説示するとおり、控訴人の原審段 階における強姦被害の日時・場所等についての主張が被控 訴人のそれに対応する有力な反証に遭遇する度に変遷して いる状況、A 前記のとおり、当審段階においても、主張 に係る強姦被害の一部について、日時・場所を変更してい るのであるが、変更の理由について合理性か認められない こと、B 当審において、従前主張していなかった強姦被 害を新たに主張しているが、信子が新たな件について告白 をするに至った動機・経緯については、納得できる説明を しているとは言い難いこと、C 引用した原判決の認定し ているとおり、控訴人及び信子が創価学会の役職を解任さ れて脱会を余儀なくされたばかりか、墓地代金の返還請求 の目的を達成することができないことから、被控訴人及び 創価学会に対してかなり強い敵意を抱いたものと推認され ること、D 信子が被控訴人から受けたと主張する強姦行 為自体については、客観的証拠がなく、信子自身の陳述は 信用性に乏しく、事実的根拠を欠いていることなどの事情 を総合すると、控訴人が被控訴人及び創価学会に敵意を抱 いたことから、本件訴訟を提起することにより、被控訴人 を訴訟の場に引き出し、応訴の負担を与え、あるいは訴訟 係属を社会的に誇示することにより、被控訴人の社会的評 価の低下を意図したものと認定することができる。そし て、被控訴人が創価学会の名誉会長の地位にあり、必然的 に本件訴訟の係属及びその審理の内容等が社会的に注目を 浴びることは、当裁判所に顕著な事実であって、本件訴訟 係属を維持することは、被控訴人に著しい負担を強いるも のであることは容易に推認することかできるし、現に、被 控訴人が原審以来一貫して、早期の審理終結を望んでいる ことは訴訟記録上明らかである。  なお、当審において、控訴人から本件訴訟における核心 的な人物である信子の証人申請がされており、右証人を採 用をしないままに判断することは慎重であるべきではある が、既に述べたとおりの原審以来の審理経過からすると、 控訴人の本件訴えの提起が訴権の濫用に当たるものと判断 することができるのであるから、訴え却下の判断をするこ とはやむをえないと言うべきである。  三 結  論  よって、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理 由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民 事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判 決する。  (口頭弁論終結の日 平成一二年一一月一三日)    東京高等裁判所第一一民事部            裁判長裁判官  瀬 戸 正 義               裁判官  井 上   稔               裁判官  河 野 泰 義